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音楽業界に革命をもたらせたソフトバレエの伝説


ソフトバレエは遠藤遼一、藤井麻輝、森岡賢が集まって出来たバンドです。その音楽性は日本の音楽業界を震わせ、3人の個性のぶつかり合いが化学反応をおこし、伝説を幾つも創り上げました。


写真:Pinterest

 

森岡賢にとってソフトバレエは自分のアイデンティティを発揮できるバンドだった


写真:renote.jp

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ソフトバレエは高い歌唱力と美しい容姿をもつ遠藤遼一、ギターとキーボードを操り終始客席を睨みつけるかのようなパフォーマンスの藤井麻輝、そしてキーボードを弾きながら摩訶不思議なダンスを踊り、メンバーの中でもひと際強烈な個性を持っていた森岡賢の3人が創り上げた早すぎたバンドです。坂本龍一が電子音を使っていたバンドYMOが世に出てきた事もあり、ソフトバレエもバンドサウンドに電子音を織り交ぜた、当時としては異色の存在でした。1989年にメジャーデビューし、雑多なジャンルの組み合わせにより新しい音楽ジャンルを確立。テクノやエレクトロインダストリアルのテイストを含んだ音楽は、今でこそありふれたものとなっていますが、ソフトバレエは先駆者とも言える存在です。1995年に活動停止後、メンバーそれぞれのメンバーがソロやユニットを組み活動していましたが、森岡賢という強大過ぎる個性は、ソフトバレエというバンドがあって100%の魅力を出せたのだと思います。point 420 | 1

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2016年6月森岡賢が死去


写真:rockinon.com

2016年6月に突然その事件は起こります。ソフトバレエの森岡賢がこの世を去ってしまったのです。ソフトバレエ活動停止後に、森岡賢は藤井麻輝と共にminus(-)という新ユニットで活動しており、アルバムレコーディングも進めていた時期の出来事でした。死因は心不全とされています。minus(-)の活動中も体調不良を訴えており、ソロライブの時は公演キャンセルなどがあったり、ファンの間でも心配されていました。ソフトバレエの2人が創り上げたminus(-)もまた、独自の世界観と音楽性で多くの音楽ファンに評価されていただけあって、森岡賢の死は多くのファンを悲しませました。point 365 | 1

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森岡賢と藤井麻輝が造ったminus(-)のアルバム発売


写真:CINRA.NET

藤井麻輝が森岡賢をプロデュースする形で始まったminus(-)。呼び方はマイナスと呼びますが、音楽性は至ってポップという不思議なユニット。これまでにミニアルバムとして2014年に「D」「G」を出し、フルアルバム「O」レコーディング中に、森岡賢は死去してしまいました。

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写真:ROCKの総合情報サイトVif

森岡賢の死後、パソコンに入っていたネタを元に藤井麻輝が骨組みを組み立て構築していき、創り上げたいったと言われています。フルアルバム「O」はソフトバレエからのルーツを集約した2人の、最初で最後の作品として評価されています。森岡賢が急逝した後にインタビューで、minus(-)は藤井麻輝1人となっても続けていくと答えており、2017年9月27日にミニアルバム「R」を発表した。

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まとめ


写真:Visual.Oshara.Nagoya Scene – Blogspot

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ソフトバレエのアルバムとして聞いて頂きたいのは、1989年にメジャーデビューして発表したEARTH BORNです。発売から30年近く経っているものの、ここまで音楽ジャンルが世の中に出てきた現代に聞いても、新しさを感じる作品です。シンセやメタルパーカッションが鳴り響く不思議な音楽なのに、ソフトバレエを知らない人こそ聞いた方がいいと話しているファンは少なくありません。もしも、ソフトバレエに興味があるならまずはアルバム「EARTH BORN」を聞いてみて下さい。そして当時のソフトバレエのPVも必見です。point 249 | 1

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