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大横綱に登り詰めた「ウルフ」千代の富士の筋肉の3つの秘密を公開


千代の富士が相撲の頂点の大横綱に登り詰めた大きな要因は、筋肉の力にありました。千代の富士の飽くなき筋肉への追及が、千代の富士を頂点に押し上げます。いったいどんな筋肉のトレーニングに秘密があったのでしょう。

千代の富士プロフィール


写真:google

本名: 秋元貢

生年月日: 1955年6月1日

出身地: 北海道

身長: 183cm

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血液型: A型


写真:blog.goo

北海道出身の千代の富士は第58代横綱の元大相撲力士で、現役引退までに優勝回数31回、通算勝利数1045勝(歴代2位)、幕内勝利数807勝(歴代3位)、連勝記録53連勝(歴代6位)を記録。1989年には、大相撲初の国民栄誉賞受賞されています。引退後は九重親方として後進の指導や日本相撲協会で理事職等を務めていました。

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千代の富士の筋肉その1


写真:city.soka.saitama.jp

千代の富士の筋肉のすごさは、その三角筋にあります。力士の中で、千代の富士は比較的細身で、骨格が小さいため、力士を投げる時に腕力に耐えられるように、また肩の脱臼癖を防ぐためにも、三角筋(肩の筋肉)を鍛えることは必須の課題でした。力士の中で、ボディビルダーのように筋肉が明らかに浮き上がっている力士は、そうたくさんいません。この筋肉美からも「ウルフ」という愛称が生まれたともいわれています。

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千代の富士の筋肉その2


写真:ameblo.jp

千代の富士の筋肉の秘密は、上腕二頭筋にも隠されています。千代の富士の相撲の特徴は、一度相手の回しをつかむことができたら、決して離さない粘りと、引っ張りです。千代の富士がつかんだ回しを、上腕二頭筋の力で、ぐーと引き寄せて、相手をひっくり返します。上腕二頭筋は前と後ろに筋肉がついているので、鍛え方を間違えば、効果が出ませんし、柔軟性も必要とする筋肉なのです。また腕にかかる力が上腕にも分散されますので、腕が丈夫でなければ、意味がありません。千代の富士は力士としては小柄な分、筋肉を鍛えることでバランスの取れた身体を作り上げていったのです。point 341 | 1

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千代の富士の筋肉その3


写真:huffingtonpost.jp

千代の富士の筋肉は上半身だけでは留まりません。下半身のトレーニングもかなり重視されていたようで、土俵でふむ四股をみれば、一目瞭然です。一見簡単そうに見える四股ですが、そうとうな柔らかい下半身がないと、四股は踏むことができません。四股をふむトレーニングは、特に粘りの強い筋肉を作ります。相撲では瞬発力よりも、持久力のある筋肉が求められます。四股を踏む稽古はこの粘りを作るトレーニングなのです。千代の富士の下半身が強い証拠に、当時の力士の中で、千代の富士ほど高さのある四股を踏んだ人は、誰もいませんでした。point 332 | 1

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千代の富士の筋肉の作り方


写真:mensclub.jp

千代の富士のトレーニングは、毎日500回の腕立て伏せが有名でした。腕立て伏せは上半身を鍛える、もっともすぐれたトレーニング方法で、肩はもちろんのことながら、大胸筋や三頭筋、上腕三頭筋も同時に鍛えることができます。千代の富士の独特の筋肉トレーニングは、もう一つ「てっぽう」と言われるものが’あります。基本的のてっぽうとは、相撲部屋の角にある大きな柱にむかって、「つき」を稽古するものですが、千代の富士は、ベンチプレスやベンチダウンの要領で、三角筋や大胸筋に要点をおいて、鍛えていたようです。point 320 | 1

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千代の富士は筋肉の多さからドーピング疑惑が出た?


写真:detail.chiebukuro.yahoo

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そんな千代の富士は筋肉の塊で、脂肪がほとんど無かっただけに、時にはドーピング疑惑が出たりしました。「ステロイドのような筋肉増強剤を使用しているのでは?」と疑われましたが、千代の富士は上記のようなトレーニング法で必死に筋肉づくりを行ったため、ドーピングは全くしていません。確かにこれだけの筋肉があるとドーピング疑惑が出ても仕方がないのかな?と思いますが、これはちょっと失礼ですよね。むしろステロイドというのは筋肉増強の効果があるどころか、身体にかなりの副作用を与えてしまうので、ドーピングをする必要も全くないわけです。point 258 | 1

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千代の富士の筋肉づくりの考え方


写真:xn--u9jziob0095c.com

千代の富士の相撲は、すべて緻密に分析されたデータのもとに成り立っていました。身体が比較的小さいことを逆に、戦力にすることで、自分よりも大きい力士を倒すメカニズムを構築していったのです。千代の富士のモットーは地道な努力と分析だったと言います。特に負けた相撲は、相手の力士の分析と、自分が練士足りなかった弱点から、さらに筋力トレーニングを増やしたり、当時は相撲の世界で、筋肉自体のトレーニングをする考え方が、まだまだ浸透してなかった時代に、千代の富士は自分が横綱になる決め手はただ一つ、筋肉の修練だとはじめから、確信を持っていたと言います。point 356 | 1

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千代の富士の体重・BMIは?


写真:bitter-magazine

千代の富士は生前、体重もBMIも公開していました。体重は126キロ、BMIは37.62です。体型としては中肥満ですが、力士でしかも横綱でしたので、筋肉と内臓脂肪によって作られた体と言っても良いでしょう。また内臓脂肪があるとはいっても、腹筋、腹直筋をかなり鍛えてるので、力を緩めた時はお腹は前にぽっこり出ていますが、取り組みの時は固く引き締まってまっすぐになっています。

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膵臓がんで死去した千代の富士


写真:movie-article.site

千代の富士は2015年5月に還暦土俵入りを果たした後、2ヶ月後の同年7月に内臓疾患で入院、膵臓がんであることを公表しました。また何の因果か、初優勝を決めた取り組み相手の昭和の横綱北の湖が直腸がんで死去したのが同じ年の11月で、あまりにショックで涙を流したそうです。その後がんは再発し、転移が確認されてからはやせ細り、2016年7月31日に61歳という、北の湖の後を追うようにお亡くなりになりました。

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まとめ


写真:bsfuji.tv

千代の富士はそのマッチョな体系と、力士には稀な甘いマスクから、多くの女性ファンならずも、千代の富士の事を応援していた日本人は多いと思います。そのきょうじんな肉体はきょうじんな精神からとはまさに千代の富士のことで、地道なトレーニングと、信念をもって、不動の大横綱にまで上り詰めたのです。残念ながら、2016年に61歳という若さでこの世を去ってしまいますが、その力士としての威風堂々とした姿は、日本中の人の心の中に永遠に生き続けることでしょう。point 285 | 1

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