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雅子さまが苦しんでいる本当の病名とは?実は、産後のあることが原因との指摘が…


2019年の5月1日、令和に元号が改元されたと同時に、皇太子である徳仁親王が天皇に即位されると、その奥様である雅子さまが皇后となられました。
しかし、長い間ご病気の噂が絶えない雅子様の本当の病名について調べると、実は産後のあることが原因だったのでは?という指摘が…さて、その原因とは?

 

雅子様の経歴

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朝日新聞デジタル

雅子様の旧名は、小和田。1963年(昭和38年)に外務省職員の小和田恆・優美子夫妻の長女として東京都港区にて誕生しました。父の仕事の関係で幼少期は、ソビエト連邦、スイス連邦で過ごした経緯があり、その後は、東京都の学校に高校まで通われますが、その高校の途中で、米国ボストンに移住。1981年には、ラドクリフ大学(現ハーバード大学)に入学、卒業しています。point 246 | 1

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ドリンク片手にちょっとひといき

少期より海外と交流のあった雅子様は、語学能力に優れていて、1986年帰国後、東京大学法学部に外部学士入学します。そして、同年10月に外務公務員採用Ⅰ種に合格し、外務省へ入省することが決まり、女性初のキャリア官僚として注目されたのでした。独身時代の雅子様は、27歳で外務省職員として北米2課に配属されるなど、着実にキャリアを積まれていき、女性初のキャリア官僚ともてはやされるほど世間からは、スーパーエリートと称賛されていたのでした。point 286 | 1

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皇太子様との出会いから結婚、そして出産まで

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日本経済新聞

皇太子様は、1992年10月、千葉県市川市で、当時外務省に勤務していた雅子様にプロポーズをされました。その際の言葉が、「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」というものだったそうです。短い言葉ではありますが、その短さに皇太子様の、思いの全てがつまっているように感じる、とても心にグッとくる素敵な言葉です。このプロポーズの言葉は大きく報道され、人々に好意的に受け止められたのでした。そして、6月9日に結婚の儀が行われ、パレードにはなんと約19万人もの人が集まり、二人の結婚を祝福したそうです。point 333 | 1

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pinterest.point 60 | com

雅子さまは、結婚から8年目の2001年5月に、ご懐妊されたことを正式に発表されたのです。そして、同年12月1日に待望の第一子、愛子様が誕生されました。この時、雅子様は会見で「生まれてきてくれてありがとう、という気持ちでございました」と涙ぐみながらに言われ、その姿をみた皇太子様が、雅子様の背中を優しくトントンと叩かれる姿が当時はとても感動的だったようです。待望の第一子誕生という、幸せなニュースに日本中が歓喜しました。しかし、出産後、雅子様は1年ほどの産休を望まれたそうです。ですが、宮内庁は美智子様が、出産後8週間で公務に復帰した前例をもとに要求を拒んだのです。その為に、雅子様はわずか2か月の産休しか認められなかったのだとか…。これ以降、雅子様の体調は、悪い方向へと進みはじめるのです…。point 409 | 1

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適応障害との診断

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Google

2003年頃、宮内庁病院で帯状疱疹との診断がされて、入院して以降より、雅子さまは長い療養生活に入ることとなったのです。しかし事態は急変し、その後の2004年7月、雅子さまが「適応障害」と診断されたということを、宮内庁が発表し、世間に大きな衝撃が走りました。それは、雅子様の体調が悪くなり始めてから4年後のことでした。そして、雅子様の療養生活は10年にも及ぶものとなるのです…。point 258 | 1

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適応障害とは?心労からくるもの?

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気になるトピック

そんな雅子様が、診断された「適応障害」とは、どういった症状なのでしょうか?
調べたところ主な症状は、ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態と、定義されています。ここでいう社会機能とは、雅子さまの場合、やはり皇室という閉ざされたコミュニティのことのように思います。また、適応障害になりやすい人の特徴は「まじめで良い人」だそうで、また、環境面において、相談や支援をしてくれる人がいなかったり、孤立した環境、多忙な環境であったりするなど。周囲からのサポートが得られにくい状況の方は、なりやすいと考えられているようです。こうしたことから、雅子様も、これまでとは全く違う環境におかれ、大変なストレスを抱えられていたと思います。point 413 | 1

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しかし本当の原因は、産後の「あれ」と指摘!

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koredeii.point 86 | com

適応障害と診断されていた雅子様ですが、ここ最近では、雅子様の本当の病名は、適応障害ではなく産後うつ」だったのではないか?とみる医師もいるのです。愛子様が誕生されたのは、2001年。産後うつは、一般的に6ヶ月までに発症するといわれていて、出産によるホルモンバランスの急激な変化や、育児不安が重なって発症するそうです。産後うつがきっかけで本格的な症状に苦しみ、その後の子育て期間中もずっとうつが続くケースも少なくないようで、30代から50代までずっと辛かったという女性の抑うつ症状のきっかけが“出産後”だったという話もあるぐらいです。その時期の雅子さまは、すさまじい重圧にさらされていたはず、だとすれば、雅子様が産後うつの可能性もないとは言えませんね。point 414 | 1

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まとめ

point 9 |
アエラドット

そんな現在の雅子様は、体調が安定してきているとの噂です。なんでもその劇的に上向いた理由として、「愛子さまのご成長が大きい」と宮内庁関係者が語っていたのでした。愛子さまの成長とともに、止まっていた雅子さまの時間が再び動き始めるのではないかと、是非ともそうなってほしいと、国民の人々は思っているはずでしょう。point 217 | 1

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