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ダイエーからイオンに!完全子会社化であったウラ話


嘗て全国的に有名だった大型スーパーのダイエーでしたが、今ではイオングループの完全子会社として存在する状態です。完全子会社になったのは割と最近で2015年1月1日ですが、そこに至るまでには様々な出来事がありました。元々は全国屈指のチェーンとして存在していたものの、子会社化の道を進むきっかけとなったのが、バブル崩壊でした。


写真:ja.wikipedia.org

1990年に日本はバブル崩壊の経験をし、それまで右肩上がりだった景気が一気に冷え込んでしまいます。不景気の煽りを受ける形で経営状態が悪化します。この問題を解決するためにダイエーは2004年以降、産業再生機構に助けを求めます。その後の2006年に大手総合商社の丸紅が産業再生機構からダイエーを買い取ります。ただ、丸紅が単独で出資しいたのは2006年の時期だけで、翌年の2007年には自社が持つダイエーの株式の中から、一部をイオンに売っています。これをきっかけに両社が共同でダイエーを支援することになりました。point 322 | 1

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写真:jp.point 62 | wsj.point 66 | com

ところが、2013年の時点でも再生が上手く進まない状態です。この原因には2つの会社が支援したのが問題だと、当時のイオン社長の岡田氏が話しています。産業再生機構を経由してまず最初に丸紅が支援しましたが、丸紅が商品戦略を手がけ、後から支援に加わったイオンが営業改革を手掛けるようになり、業務が別々の会社で分かれてしまったのが上手く再建できなかった問題点だと指摘されています。それぞれの考え方や目標がはっきりとしないため、あやふやな戦略をとるようになり、その戦略をもとに業務をこなすダイエー社員たちのモチベーションが下がってしまいます。実はイオンがダイエーを子会社化した背景には、丸紅の態度が曖昧だったことがありました。
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写真:mr-journal.point 65 | jp

最初に再建に名乗りをあげたのは丸紅でしたが、リーダーシップをとれなかったと当時の丸紅常務執行役員が認めています。再建を共同で行うことになった2社ですが、あまり仲が良かったとはいえませんでした。元々は深い関係にあったものの、1994年に他社と合併をしたダイエーに対し、丸紅が関係を重視するようになり、イオンへの関心が薄れたのが不信感を与えました。ですが、イオンも丸紅にとってライバル会社である三菱商事との株式の関係を持ったことから、丸紅側にも不信感が強まります。
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写真:kyodo.point 65 | co.point 68 | jp

丸紅はダイエー再建に当初は力を入れていましたが、再建が上手くいかない状態が続きます。共同で出資して再建を目指していたイオンは、自社主導で再建を目指すことを提案しましたが、丸紅がそうは簡単に納得しませんでした。その後も、客足が徐々に低下していく悪い状況で、その状況下で債務の返済日が近くに迫ってきます。深刻な状態をなんとかしようとイオンが丸紅に交渉しましたが、それでも話が進みません。理由として、2006年当時に丸紅の社長であった勝俣氏が買収を独断で決め、それを認めたのが2013年当時の社長、朝田氏であったのが原因です。イオンに主導権を渡すと自分たちの失敗を認めたと見られてしまうことや、買収時に出資した金額よりも大幅に価値が下がった状態で株式を売ることになり、損切りしにくい状態だったのが背景として存在します。
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写真:matome.point 66 | naver.point 72 | jp

先に進まない状態でしたが、丸紅は問題を解決するために、イオン側にダイエーの株式を売るのを条件に、自社商品の取引を継続することを提案します。年間にして750億円前後です。イオングループとの関係を深めることなど他にも条件を出した結果、売却を決心したという流れです。最終的に2013年にイオンが株式公開買い付けの形で、ダイエーの株式を丸紅から購入し、合計44%程度の株式を保有することで筆頭株主になり、子会社化が実現しました。
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