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不条理悲しみ…染色体異常で「生まれてくることはない」と宣告され夫婦の決断は…


胎児の命を巡って、医療の世界では、「立場の違いが哲学の違いになる」という言葉があります。産科の先生も赤ちゃんの命を大事にしますが、それ以上に母体を大切にします。一方で、新生児科医や小児外科医は、赤ちゃんの命を何よりも重要に考えます。それは当然なことかもしれません。

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先天奇形の赤ちゃんを手術で治す医者は、赤ちゃんの生命を諦めてしまうことに対して、どうしても「どうにかならないのか?」という気持ちを持ってしまいます。悩みに悩んだ末に赤ちゃんを中絶せざるおえない女性もいるのです。

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18トリソミー

翔子さん(仮名)は良き伴侶に恵まれ、充実した結婚生活を送っていました。ところが、なかなか赤ちゃんを授かることができず、次第に焦りのような気持ちを持つようになりました。そしてようやく妊娠したとき、翔子さんは37歳になっていました。俗にいう「高齢出産」です。妊娠は順調に進みましたが、途中で羊水過多が起きました。

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ニンアカ

羊水が多くなってしまう理由は様々です。母体か胎児のいずれかに原因があるのですが、超音波検査をおこなった医師は、赤ちゃんの異常を指摘しました。あごの形や指の握り方、かかとの形から、18トリソミーの可能性を医師は口にしました。18トリソミーの赤ちゃんは羊水を飲み込む力が弱いために、羊水過多になることが多いのです。しかし、消化管閉鎖や二分脊椎など、羊水過多を引き起こす他の先天奇形は見つかりませんでした。point 254 | 1

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羊水過多になると母親も苦しいし、妊娠にも悪影響を与えます。それが原因で早産になってしまう危険もあります。翔子さんは羊水穿刺(せんし)を受け、羊水を排液しました。この時、医師の提案に応じる形で赤ちゃんの染色体分析を行いました。結果はやはり18トリソミーでした。赤ちゃんに心奇形などの重い病気はないものの、18トリソミーの子どもは長く生きられないと聞き、翔子さんは強いショックを受けました。しかし妊娠は満期に近づいており、運命にしたがって分娩を待つしかありませんでした。point 233 | 1

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ところが、妊娠38週で突然、胎動を感じなくなりました。翔子さんとご主人は急いで産院に向かいましたが、赤ちゃんの心音は止まっていました。その残念な結果に、夫婦は深い悲しみに包まれました。

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Framepool

深刻な染色体異常

そして1年後、翔子さんは再び赤ちゃんを身ごもりました。今度こそ、健常な赤ちゃんが欲しいと願いました。夫婦は十分に相談した上で、妊娠16週で羊水検査を受けました。そして、結果を聞くため、3週間後に産院を訪れました。産科医は、弱り切った表情で染色体分析の写真を机に広げました。赤ちゃんの染色体には大きな異常がありました。前回妊娠したときの18トリソミーよりも、もっと複雑な異常でした。point 349 | 1

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日本生殖医学会

医師は、こういう染色体異常があると、普通は妊娠早期に自然流産してしまうこと、満期にまで育って生まれてくることはあり得ないことを説明しました。また、「染色体異常の赤ちゃんが続いたことは単なる偶然で、夫婦に何か原因があるのではない」とも付け加えました。夫婦はまたも強い衝撃を受けました。帰宅後、翔子さんはパソコンに向かって走りました。しかし、インターネットでいくら調べても、赤ちゃんと同じ染色体異常を持って生まれて来た例は一つも見つかりませんでした。こんな偶然が二度も続くことに納得がいきませんでした。point 306 | 1

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そこで、いくつかの病院で遺伝カウンセリングを受けてみましたが、答えはすべて同じでした。翔子さんは迷いました。「このまま妊娠を継続していいのだろうか。生まれてくる可能性が極めて低いとすると、この子は亡くなってしまう。それだけは嫌だ。前回、18トリソミーの赤ちゃんを失ったときは本当につらかった。それならば、今の段階で人工妊娠中絶をした方が悲しみは少ないのではないだろうか。」悩んだ翔子さんは、さらにもう一つの意見を聞こうと思い、遠路をいとわず別のクリニックに行ったのでした。point 236 | 1

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NTTコムリサーチ

夫婦の決断

これまでのすべての経緯を聞いた医師は返答に窮しました。他の産科の先生や遺伝カウンセラーの人たちと同じことしか言えません。そして翔子さんの口から「人工妊娠中絶した方がいいのでしょうか? だけど、この子と少しでも長く一緒にいたい」との言葉に「それはやむを得ないから中絶しなさい」とも言えないし「命のある限り中絶してはいけない」とも言えませんでした。生命というものは、たとえ病気や障害があっても余りにも重いもので、一人の人間が答えを導けるものではないのです。point 290 | 1

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結局、医師は翔子さんに何か役に立つ助言をすることはできませんでした。しかし、「今、この瞬間にまだ赤ちゃんは生きているから、その命あることに幸せを感じてほしい」と伝え、さらに、「最終的に妊娠継続を諦めても誰も翔子さんを責める人はいない」と付け加えました。

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それからおよそ1年後、翔子さんは結局、人工妊娠中絶を選びました。「一日でも長くおなかの中にいてほしかった赤ちゃんだけど、中絶しなければもっと大きな悲しみがやってくる。」そう悟って、苦悩の末に夫婦で決めたことでした。そのことを語る翔子さんの瞳からは、ボロボロと涙が流れ落ちました。

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命の選別

なんて理不尽なことでしょうか。なぜこの世にはこんな不条理な苦しみがあるのでしょうか。新型出生前診断や着床前検査が語られるとき、必ず「命の選別」につながる懸念が語られます。しかし、翔子さんのように「生きて生まれてくることができる命」が欲しいと思う気持ちは、誰にも否定できないはずです。悲しみの涯に母がわが子の命を諦めざるを得ないとき、そうした人工妊娠中絶を第三者が、「命の選別である」と簡単に切り捨ててはいけないのではないでしょうか。point 220 | 1

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