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お笑いモンスター・明石家さんまの壮絶な過去! 実は弟が亡くなっていた!


明石家さんまさんといえばいつも明るく、人を笑わせることに一生懸命なプロのお笑い芸人さんというイメージがありますよね。そんな明石家さんまさんにも、実は悲しい過去があったそうです。明石家さんまさんのプロフィールとあわせて、弟さんの真相についてまとめてみました。

■明石家さんま・プロフィール

本名:杉本高文
生年月日:1955年7月1日
出身地:奈良県奈良市
出身校:奈良県立奈良商業高等学校
身長:172センチ
体重:61キロ
血液型:B型
趣味:テニス、ゴルフ、サッカー、スポーツ観戦
事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー(マネジメント)
オフィス事務所(個人事務所)

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お笑いBIG3として、いまだに日本のお笑い界の頂点に君臨する明石家さんまさん。国民的お笑い大スターとしてしられていますが、もともとは落語家を目指していたのをご存じでしょうか。

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1974年に落語家になることを夢見て、2代目笑福亭松之助さんに弟子入りしたさんまさん。師匠の元で修行を続けていた明石家さんまさんですが、吉本のマネジャー的存在だった佐敷愼次さんはさんまさんの演じる落語はあまりおもしろくないと感じており、松之助師匠にさんまさんを漫談やテレビ司会者として育てたいと直訴しました。point 204 | 1

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1976年からテレビでの仕事を開始し、一気に注目を浴びるようになった明石家さんまさん。関西で人気芸人としての地位を高めた後、東京に進出。1981年に始まったバラエティ番組「オレたちひょうきん族」にレギュラー出演。番組内のコーナー「THEタケちゃんマン」で敵役を演じ、全国区の人気者になりました。

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■明石家さんまの知られざる壮絶な過去

明石家さんまさんの実母はさんまさんが3歳の頃に亡くなってしまい、その後、父親が再婚し、継母と一緒に暮らすようになりました。
継母には連れ子がいたそうで、さんまさんは弟ができたと大喜びしていたそうです。しかし、継母はあまりいい人ではなかったようで、酔っぱらうと自分の子どもは連れ子だけだと話していたそうです。

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連れ子の弟はとてもかわいがっていたさんまさん。しかし、弟が19歳のときに火事が原因で亡くなってしまいます。弟をかわいがっていたさんまさんの落ち込みかたはひどく、一時は芸能界を引退しようと考えるほどでした。

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■墜落事故を免れた明石家さんま

1985年8月12日に起きた「日本航空123便墜落事故」は、犠牲者520名を出した日本史上最悪の飛行機事故でした。
実は明石家さんまさんは、墜落したこの飛行機に搭乗予定だったそうで、間一髪危機をまぬがれたそうです。
ひょうきん族に出演していた明石家さんまさんは、当時、大阪と東京を仕事のため飛行機で往復していました。たまたまひょうきん族の収録が早く終了したので、大阪行きを1日早めたことで、123便に搭乗しなくて済みました。
このときのことを教訓にしており、いまだに東京大阪間の移動は新幹線を利用しているそうです。point 319 | 1

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■まとめ

壮絶な過去を経験しているにも関わらず、常に笑顔を絶やさない明石家さんまさん。弟のつらい死を乗り越えて、今もお笑いの頂点に立ち続けているのですね。これからもずっと第一線で活躍してくれる姿を見せてくださいね!

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